2020.10.20

知己 写真家鬼海弘雄氏の訃報を新聞各紙が報じた。本人の闘病生活は2年を越えていた。私なりに覚悟はしていた。

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18歳で東京生活を始め、19歳で南大井の学生アパートに移り住んだ。いろいろな大学の学生が居り、それぞれに個性のある連中13名。その中に鬼海弘雄氏も居た。法政大学で哲学を学んでいて、将来は映画監督になる人だと思っていた(本人が言っていた)。

20歳の時、二人で伊豆諸島の神津島へ夏休みに旅した。フェリーの船上で色々話をしたのが記憶にある。

学生運動に明け暮れた生活を卒業して、互いの自分の生活が始まると音信も絶えていた。

今から16年前、某新聞の読書欄に著書の写真入りで『PERSONA』が紹介されていた。同時に土門拳賞の受賞も報じていた。それから交友が再開となり、2年後我が故郷益田に来て1週間を過ごした。「ここは良い。いいところだ。」と自分のふるさと山形県寒河江と比較しながら酒を酌み交わした事を想い出す。

今年9月末頃、兄自ら電話で話し掛けて来た。絞り出す声で「生きる事はつらいヨナー」と。

今一度元気になって、我がふるさと匹見川の土堤を散歩することを約束して切れた。

色々な想い出、ありがとうございました。合掌

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